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ひめゆりの塔 ~ひとつの物語~

沖縄戦末期に沖縄陸軍病院第三外科が置かれた壕の跡に立つ慰霊碑。

ひめゆりの塔

「ひめゆり」は学徒隊員の母校、沖縄県立第一高等女学校の校誌名「乙姫」と沖縄師範学校女子部の校誌名「白百合」とを組み合わせた言葉で、もとは「姫百合」であったが、戦後ひらがなで記載されるようになった。なお、植物のヒメユリとは関係がない。

沖縄師範学校女子部・沖縄県立第一高等女学校生徒222人による「ひめゆり部隊」が看護活動を行っていた最後の場所、旧陸軍第3外科壕跡。第1外科壕は、県道を挟んだ反対側にある。 ここに部隊が移動した6月には医薬品や食糧も底をついていた。6月18日、突如軍より解散命令が下された。この後、壕より脱出する直前に米軍のガス弾が打ち込まれ、兵士や学徒の多くが死亡、生還者はわずかであった。 「ひめゆりの塔」は、この壕の上に建てられている。壕の中は傾斜がきつく、この中で泥や雨、砲弾にさらされながら生活していたとは、現在の私たちの想像を絶するものがある。 生き残った者も、さらに荒崎海岸に追い込まれ自決したりした。「ひめゆり部隊」の犠牲者194人のうち、「解散」後の死者が128人であることが示す通り、軍の無責任さが多くの犠牲者を生んだといえる。 塔の横には「ひめゆり平和祈年資料館」があり、生き残った女性が貴重な証言を聞かせてくれる。その証言に涙しない人は少ないであろう。「女性も勇敢に戦った」という論調ではなく、沖縄戦の背景(アジアへの侵略)や日本政府が沖縄を「捨て石」にしたこと、戦争の悲惨さをリアルに表現している点がよい。2004年4月に新装、より分かりやすい展示となっている。

ひめゆりの塔から外科壕跡を挟んだ奥には慰霊碑(納骨堂)が建てられており、さらに、その奥には生存者の手記や従軍の様子などを展示した「ひめゆり平和祈年資料館」がある。また、敷地内や隣地には沖縄戦殉職医療人の碑など複数の慰霊碑や塔が建てられている。

敷地内に複数の慰霊碑などがある他、東側の隣地(土産物販売店の奥)には「梯梧の塔」(でいごのとう)が建てられている(読谷村にある同名の塔とは別のもの)。また、敷地の前の道路を西に1~2分歩いたところに第一外科壕跡への入口があり(壕へはそこから南に徒歩で1~2分)、南西に車で5分ほどのところには山城陸軍病院本部壕跡がある(敷地前の道路を西に行くと案内標識が立っているが、その先の道はわかりにくい)。敷地前の道を西へ車で5~10分ほど行った糸洲地区には第二外科壕跡が残っている。

ひめゆりの塔
〒901-0344
沖縄県南城市玉城字前川1336
TEL.098-997-2100

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アクセス
当ホテルより → 車で40分
那覇空港 → 車で40分
営業時間
9:00~17:00(入館は16:30まで)

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